二人のダンテ(評価: )
気付くと、ベアトリーチェに導かれたダンテは、天に引き上げられつつある。ダンテの時代は、神が星々をして地球の周囲をめぐらす時代である。地動説が常識の現代の読者として、彼らの前提に慣れるのが最も厳しい。が、そこは古今ほうきに乗って空を飛べる童心に返り、ダンテたちに付いて、星々を巡りながら至高天を目指す。 そこでダンテは様々な聖者、君子らの霊と対話する。中でもトマス・アクィナスが語るエキセントリックで愛情溢れる清貧の実践者=アッシジの聖フランチェスコと弟子たちの話は印象的である。 また、ダンテは多岐にわたる疑問を抱き、時に明確な回答を得、時に人知の及ぶところではないと諭される。例えば、彼の高祖父にあたる人物に、己の身の処し方を訊く17歌で、高祖父はダンテが味わう惨苦を予言しつつも、詩人として臆することなく大胆に表現せよと答える。一方、32歌で聖ベルナルドゥスは、選ばれた者たちが至高天に占める座の高下を訊ねられ、それは神の予定の玄義に属すると諭す。この他にもダンテは、自分が重力に反して昇天する理由や、異教徒が神の恩寵に与る可能性など興味深い疑問を呈するが、それは、ダンテ自身も疑問に思ったことなのか、あるいは17歌の高祖父の激励のように、予め答えを書くために用意した修辞的なものなのかは分からない。 近代の先駆者とされるダンテは信仰を第一に謳い上げつつも、故郷フィレンツェを忘れることはできない。これまで、声高に怒りの形で表現されてきた故郷への愛が、ささやかに望郷の念として現れる25歌は、それが終生報われなかったことが知られているだけに、胸を締め付けられる。 至高天でついに神の姿を見たダンテは、言葉に窮する。しかし、彼の願いの成満と共に、絶対的な充足感が得られる。
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